群馬・富岡の桑を東秩父で和紙に 無形文化遺産と世界遺産連携 – 東京新聞

Home » 地域おこし協力隊 » 群馬・富岡の桑を東秩父で和紙に 無形文化遺産と世界遺産連携 – 東京新聞
地域おこし協力隊 コメントはまだありません



桑の枝から和紙を試作した鷹野さん。重要無形文化財の技術保持者でもある=東秩父村で

写真

 群馬県富岡市の養蚕農家で廃棄物として扱われる桑の枝が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産に登録された「細川紙」の技術で、和紙に生まれ変わった。細川紙と同じ二〇一四年、世界遺産に登録された「富岡製糸場」のある富岡市と、東秩父村の地域おこし協力隊員同士が出会ったのが試作の始まり。四日に富岡市の「まちなか観光物産館」前で、桑の皮を使った和紙はがきを手すきする体験イベントが開かれる。 (中里宏)

 桑による和紙作りは、富岡市地域おこし協力隊の諸(もろ)恵美子さん(48)が二〇一五年七月、群馬県高崎市で開かれた紙の見本市「ペーパーショウin群馬」に出かけたのがきっかけ。会場で東秩父村の「紙工房たかの」代表鷹野禎三さん(82)と、同村地域おこし協力隊の西沙耶香さん(26)に出会った。

 「カイコが葉を食べた後の桑の枝を捨てるのはもったいない。再利用できないか」と考えていた諸さん。「桑で和紙は作れますか」と何げなく聞いてみると、鷹野さんは即座に「できるよ」と答えた。

 鷹野さんは和紙手すき業の家に生まれ、国重要無形文化財でもある細川紙の技術保持団体「細川紙技術者協会」の正会員。ユネスコ登録時には会長も務めた。鷹野さんが簡単に「できる」と答えた理由は、第二次世界大戦までさかのぼる。

 東秩父村と小川町の手すき業者は大戦末期、軍の命令で、偏西風に乗せて米国を空襲する風船爆弾用の和紙作りをしていた。和紙の原料となるコウゾはすべて風船爆弾用に使われたため、当時の職人は民生用の和紙を同じクワ科の植物である桑の皮で代用していたのだ。「当時は子どもだったので自分で作ったことはなかったが、大人たちが桑で和紙を作るのを見て、やり方は分かっていた」という。

 諸さんは養蚕農家から集めた大量の桑の枝を自宅の風呂で熱い湯につけて皮をふやかし、爪をはがしながらも一カ月がかりで三キロの皮を集め、昨年二月、鷹野さんの工房に持ち込んだ。

 鷹野さんは桑の皮を煮たり、たたいたりして繊維だけにすると、パルプを混ぜるなどの工夫を加えて商品としても通用する和紙に仕上げた。西さんも鷹野さんの指導を受けながら、はがき用の和紙数十枚を試作した。鷹野さんは「桑は繊維が短いので強度は落ちるが、初めて見る人はコウゾの和紙と見分けはつかないだろう。一から作るのでは採算が取れないが、廃棄物の再利用なら作れるのではないか」という。

 西さんは「試作品を富岡市に持って行って絵手紙団体の人に使ってもらい、地元産の桑が原料ということで喜んでもらった。地域おこし協力隊が、県をまたいで連携したことにも意義があると思う」と話している。

この記事を印刷する






コメントを残す