軽便鉄道・藤枝本町駅跡 解体木材を「ペン」に再生 – @S[アットエス] by 静岡新聞

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駅舎跡の木材を使って完成した万年筆とボールペン=3日午後、藤枝市岡部町村良
老朽化のため取り壊された「藤枝本町駅」の駅舎跡=2016年11月、藤枝市藤枝

 軽便鉄道の名で知られる静岡鉄道「駿遠線」の最後の駅舎跡で、2016年11月に取り壊された「藤枝本町駅」(藤枝市藤枝)の木材が、万年筆やボールペンとなってよみがえった。軽便鉄道を使った茶の輸送を研究する静岡産業大情報学部専任講師の内藤旭恵さん(35)が木製品製造「フランク」(同市岡部町)に依頼して実現した。
 駅舎跡の取り壊しを知った内藤さんが「歴史的にも貴重な建物。もったいないし、さみしい」と家主の許可を得て解体した木材を譲り受けた。学生と話し合い、解体材の再利用がブームになっていると知り決めた。
 持ち帰ったのは天井のはり部分の一部で長さ2メートル、直径15センチ。建物は築100年以上が経過していたが、きれいな状態を保っていた。フランク代表の八木真人さん(45)も「当時の良いスギ材を使っていたのが分かる」と太鼓判を押す。
 万年筆とボールペンのほか、シャープペンシルも合わせ80本程度を作る予定。今後市内のイベントで販売する。内藤さんは「人の行き来を見てきた木材で作った。ペンとして駅舎を後世に伝えたい」と語った。
 駅舎跡は木造平屋建てで広さ約55平方メートル。同駅名に改称されたのは1956年で、以前は「岡出山駅」。同線のうち新藤枝と藤枝大手駅区間は大手線と呼ばれた。大手線が開業した13年から廃線となった64年まで半世紀にわたって駅の役割を果たした。

 <メモ>静岡鉄道「駿遠線」 藤枝市郷土博物館によると、藤枝大手から相良を経由し袋井を結んでいた。営業距離は64・6キロ。1913年に藤相鉄道として開業し26年に地頭方駅まで延長した。43年には中遠鉄道などと合併して戦後、静岡鉄道「駿遠線」となった。車社会の到来で70年に完全廃線となった。軽便鉄道は線路の幅が狭く車両も小さい。建設費や維持費が安く、明治政府が全国で開業を後押しした。




駿遠線の路線図



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