ドローン相棒に100歳までも、シニア女性が主役の「葉っぱビジネス」 – ブルームバーグ

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住民1600人余りのうち65歳以上が半数を超える山間の過疎地、徳島県上勝町では「葉っぱビジネス」が地域を支える。

  和食を引き立てる葉や枝花など四季を愛(め)でる日本ならではの「つまもの」。その生産・出荷の主役は高齢女性だ。西蔭幸代さん(79)は、数年後に導入を計画しているドローンを相棒に100歳まで現役を続けたいと意気込む。

  桃の節句が数日後に迫ったある日、山腹に居を構える西蔭さんの1日はまだ暗い朝5時半に始まった。起きるとその日の段取りを確かめ、健康管理のため血圧を測ってメモを取り、何が出荷できそうか考えながら畑を見て回る。NHKBSでひと足早く7時半から連続テレビ小説を見ながら朝食を取り、8時5分前には仕事部屋のパソコンの前でスタンバイする。

  同じころ、町内のより開けた地域に住む高尾晴子さん(72)もパソコン画面をにらんでいた。注文が入り始めるのは8時。画面に飛び込んで来る注文は早い者勝ちで、「ゲーム感覚」と高尾さん。西蔭さんは「前の晩、頭が痛いので翌日病院に行こうと思っていても、注文が取れたらうれしくて忘れてしまう。薬みたいなものだ」と笑う。

  10日前に木から枝を切ってビニールハウスに入れ、温度調節して備えてきた西蔭さんは桃を、高尾さんは季節を早取りして単価が高めの桜をそれぞれ首尾よく受注。桃や桜は開花を直前に控えたつぼみの状態が大事だ。枝を集めて切りそろえ、パック詰めにしてバーコードを張り、集荷場に運んで自ら読み取り機を操る。商品を積んだトラックは空港に向かい、築地市場を経由して早ければ翌日昼には都内の高級和食店に届き、懐石料理を飾る。

頭と体をフル回転

  国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2010年国勢調査で1億2800万人だった総人口は40年には1億700万人に16%減少する見込み。徳島県はもっと深刻で79万人から57万人へ27%減少する。すでに県内24市町村のうち13の自治体が過疎ないし一部過疎地域に指定されている。上勝町も人口減の波からは逃れられないが、「葉っぱビジネス」で高齢者は生き生きと暮らす。

  出荷のトラックを見送った後も彼女たちの仕事は終わらない。西蔭さんは、帰宅し昼食を取ると、翌日出荷できそうな枝をチェック、それから10日先の需要を予測して目星をつけた枝をビニールハウスに入れて温度管理と、頭と体をフル回転させる。夜はタブレット端末でフェイスブックを更新し、たくさんの友達の「いいね!」とともに眠りにつく。

  「葉っぱビジネス」を手掛ける株式会社「いろどり」には上勝町が過半を出資する。全国シェアは8割で、輸出もする。この町に住んでいれば誰でも参入でき、200軒弱の農家、約350人が働く。30歳前後の若い世代もいるが、平均年齢は70歳で、最高齢は94歳だ。

  高齢で車の運転ができなくなっても仕事を続けられるよう、3年後をめどにドローンによる輸送の実用化を目指している。昨年は3回の実証実験を行った。山は急峻(きゅうしゅん)でも直線距離なら近い。集荷場まで車で20分以上かかるがドローンだと2分だ。将来は食料や薬など生活物資を運び、帰りの便で出荷できる仕組みを作る。

世界最先端のビジネスモデル

  6年前から同社で働く静岡県出身の大畑悠喜さん(30)は「田舎に来たというより世界最先端のビジネスをやっている町に来たという感じ」と語る。一番の強みはITを利用した需要と供給のマッチングだ。品質管理のための農家指導、需要の予測、納入先の開拓を手掛け、市場から「ライン」アプリで送られる注文をシステムに入力し、農家の端末に流す。

  1986年に「葉っぱビジネス」を始めた「いろどり」の横石知二社長(58)は「社会保障費や医療費など高齢者を取り巻く問題は、働くこと、お金を生み出すことによって解決されていく部分が大きい」と語る。上勝町役場によると、75歳以上の後期高齢者1人当たり医療費は2015年度で約86万円と、県平均(約102万円)を大きく下回る。06年には町営の養護老人ホームも廃止し民間に委託した。

  同社の年商は15年度で約2億6000万円。1000万円以上稼ぐ農家もいくつかあり、最高は1400万円。横石社長は「技量、やる気、かける時間で収入にものすごく差がある」と語る。小遣い稼ぎで10万円でいいという人もいるが、「それでもいい。パソコンやスマホを使いこなして外の世界に接したり、病院に足しげく通うのをやめたり、そういう人が仕事を続けることが地域全体に与える影響力は大きい」と語る。

異なる道を模索する神山町

  同じ過疎地でも上勝町と異なるやり方で生き残りを模索しているのが、山を越えた隣町の神山町だ。ここは若い世代を呼び込んで町を活性化しようと取り組む。名刺管理サービスのSansan(本社・東京都渋谷区)が10年にサテライトオフィスを設置して以来、同社を含めITなど16企業がすでに拠点を設けている。昨年3月には消費者庁の地方移転の可能性を探るため、板東久美子長官(当時)がテレビ会議など業務試験を行った。

  若い人材や企業が集まって来たのは、早くから県内全域に光ファイバー網が整備されたことが背景にある。さらに触媒の役割を果たしているのがNPO法人グリーンバレーだ。国内外の芸術家を招き住民と交流しながら創作活動をしてもらう「神山アーティスト・イン・レジデンス」や、若者向け職業訓練「神山塾」、地域に必要な仕事を持っている人に来てもらおうという「ワーク・イン・レジデンス」などの事業を展開してきた。

  Sansan神山オフィスの初代常駐者として13年に転勤してきた團洋一さん(34)は徳島県出身。転職して上京したものの、密閉空間の通勤電車など東京の生活が肌に合わなかった。疲れを感じていたころ東日本大震災に遭遇。結婚し子どもが欲しくなったときも、「東京で子育てすることをうまくイメージできなかった」という。

  東京ではマンションのベランダが北向きで家庭菜園もできなかった。今は庭も畑も縁側もある一軒家に住み、思う存分野菜作りを楽しむ。

子供がすごく気に入った

  デジタルコンテンツサービスのプラットイーズ(本社・東京渋谷区)は、13年にバックアップセンターとして神山町に通称「えんがわオフィス」を設立した。隅田徹会長(55)は、築80年の古民家を再生したオフィスで、同社のようなベンチャー企業にとって「最大の課題は人材確保」とした上で、40歳代より30歳代、30歳代より20歳代と、「若ければ若いほど、働く場所を選べるシステムが心に響くことがやってみて分かった」と語った。

  神山町にやってきたのはIT企業ばかりではない。無農薬の窯焼きピザ店を営む塩田ルカさん(36)は、妻の舞さん(36)と子供3人の5人家族。14年に移り住んだ。大阪で食品流通関係の仕事をしていた塩田さんは田舎暮らしに憧れ何カ所か見て回ったが、当時6歳だった長男が神山町を「すごく気に入った」ことが決め手になったという。「出会う人出会う人がすごく優しくて、子供もそう感じたのかな」と語る。

  100年以上前に建てられた納屋を改装した店の中央にある小上がりでは、小学校から帰ってきた長女(7)が宿題の朗読をしている。ルカさんはその傍らで、ここでの生活は大阪の会社員時代と比べても「めちゃくちゃ忙しくて全然スローライフではない」と笑うが、「大阪では平日、子供の寝顔しか見られなかった。今は子供と一緒にいる時間が多いのが一番の収穫」と話す。

人口が半分になっても

  グリーンバレーの大南信也理事長(64)は「神山町でも人口が減ることによって町の機能がだんだん失われ、結果的に持続できなくなるということが現実に起きている」という。大南氏が掲げるのは「創造的過疎」。仮に人口が半分になっても、学校や病院など町の機能が維持でき、住んでいる人たちがこのまま住み続けて、「何かやりたいことがやりとげられるような、可能性が続いていくような町」にしたい、と語った。

  上勝町の「いろどり」の横石社長は「こういう山奥では、どんどん人がいなくなっているので、商店も成り立たない、仕事も成り立たない。徳島県でみてもほとんど壊滅状態だ」と話す。政府は17年度予算案に地方創生関連で、地方創生推進交付金の確保に1000億円、総合戦略等を踏まえた個別政策に6536億円、まち・ひと・しごと創生事業費に1兆円を計上するなど、地方に巨額の資金を投入し続けている。

  「介護にしても生活保護にしても、今は悪くなるほどお金が投入されるが、それでは長続きしない。元気な人が何かを作ったらたくさんお金がもらえるような仕組みに変えた方がいい」と横石社長。「いろどり」が長く続いたのは社会福祉ではなくビジネスとしてやってきたからで、それが結局は社会福祉につながるという。中央官庁の出先機関に呼ばれこういう話をするが、「全くかみ合いにくい」と苦笑いする。

人生に花が咲く

  横石氏は「山間部には人材も組織もないが、都市部には山ほどいる」と話し、大企業の働き手でも「今の仕事がいいと思っている人は少ないのではないか」とみる。山間部と都会では格差が大きいが、両者の間に立つ人の度量やプロデュース能力が重要だと指摘、「そういった人材の育成は国がやらなければ」と訴え、「都市と地方の人材をつなぐこと、それが生きたお金の使い方だ」と語った。

  「葉っぱビジネス」で働く西蔭さんの趣味は日本舞踊。「このビジネスに定年はない。自由に休めて踊りに行けるし、気楽にできる」と言う。趣味の盆栽を畑に植えてくれた夫は14年に亡くなったが、子供3人と孫8人、ひ孫2人など総勢20人が数カ月に1度勢ぞろいする。孫たちは仕事も手伝ってくれ、小学5年生の女の子は将来上勝町に住みたいとも言ってくれるという。

  「すごく楽しくて、人生の花を咲かせてもらっている」と西蔭さんは話した。




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