1000年単位の時間軸で働き、生きる〜東京の時間から離脱した企業 – 現代ビジネス

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1000年単位の時間軸で働き、生きる〜東京の時間から離脱した企業
アキ工作社・松岡社長に聞く【後編】

大分県国東市に小さなグローバル企業がある。グーグルやエルメスに製品を納入し、ディズニーともコラボするアキ工作社だ。

週休3日制を4年前に導入、定年制も廃止、そして業績はアップ…。働き方改革の先頭を走るかのようなその挑戦は、大きな注目を集めている。

ユニークな試みを次々に繰り出す松岡社長に「逆張りの戦略」を聞いた前編につづき、後編ではさらにスケールが大きく、同時に地に足がついた思考を語ってもらった。

(*前編はこちら gendai.ismedia.jp/articles/-/51652

アキ工作社の松岡社長アキ工作社の松岡社長〔PHOTO〕現代ビジネス編集部(以下、すべて)

廃校になった小学校の校舎を社屋に

初めは決してモチベーションの高い起業ではなく、たまたま自分の作ったプロダクトに背中を押されるような形でやむなくスタートした、という感じでした。

来年で創業20周年を迎えるんですが、最初の7年か8年くらいは、会社を起ち上げたと言っても他に人がいなくて、設計、製造、梱包、発送、営業のすべてを僕1人でやりました。設計しているときは機械を動かせないし、機械を動かしているときは設計できない……という具合の大変な7~8年でした。

でもその間に、製品は少しずつ評価されていくようになりました。マネキンが2001年のグッドデザイン賞をいただき、だからといって急に売れ出したわけではないんですが、大分県や地元の銀行に注目されるようになりました。

そういうこともあって、2002年から03年頃に、県の支援機関からアドバイスを受け、きちんとしたビジネスプランを作って事業体として再スタートを切ったのですね。

ずっとドンブリ勘定でやっていて、せいぜい月末に領収書を集めて整理するくらいの個人事業だったので、これは1つの転機になりました。手探りで、行き当たりばったりでやっていたのが、経営革新計画を作り、銀行からも始めて借り入れをして、実質的に事業を始めたわけです。

当時のプロダクトのうち、マネキンの知名度は国内より海外での方が高くなったかもしれません。フランスの代理店と契約してヨーロッパで販売することになり、それが逆輸入的に日本国内からの注文につながって次第にビジネスの形を成していく、ということもありました。

あちこちで発表の場も増え、2004年には、「大分県ビジネスプラングランプリ」という起業推進の賞に応募したら、最優秀賞をいただきました。1500万円の賞金は、段ボール造形のビジネスに関連するものなら何にでも使ってよいという、実にありがたいプログラムでした。

新しく社屋もでき、人の採用も始めました。社員が1人、2人と入ってきてわかったのですが、人を雇うと、それまで僕だけでは不可能だったことができるようになるというメリットはもちろんあります。

ただし、逆に、雇用する上での苦労や経営面での問題が生じるのも事実です。「会社にとって良い面も悪い面も常に人が持ってくる」という言葉は真実で、両方とも、会社の規模が大きくなるにつれて増えていきます。

2009年には、廃校になった地元の小学校の校舎を社屋として使うことになりました。人が増え、ものも増えて、社屋がどんどん手狭になっていた。そんなときに地元の方から、校舎を使ってみないかというお誘いをいただきました。

すぐに見に行ったら、廃校になったといっても建物はまだ新しいし、広いし、山の中なのでとても静かで、実質的に固定費ゼロという大変な好条件で入れるという話でした。そこで地元の方たちに事業の内容をプレゼンし、それを地元のコンセンサスとして市に申請して、廃校の使用を承認してもらったんですね。

そのときに知ったんですが、少子化によって学校が統廃合される中、「廃校の校舎をどう利用するか」は全国各地で自治体の課題になっているそうです。

地元の公民館のように運営するとか、いろいろなアイディアが出るのですが、だいたいどこも住民の高齢化が進んでいるので、自分たちで管理するのは難しい。たまたま僕たちの場合は、会社の拠点として校舎を借りることができ、お隣の、かつての体育館と幼稚園は別の会社が同じ条件で借りることになりました。






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