『ゲンロン0 観光客の哲学』 東浩紀著 – 読売新聞

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 世の中を国家から捉えるのか、人から捉えようとするのかは重要な違いだ。政治思想の世界では、個人は自由で世界は進歩すると考えるリベラルと、異なる性格の共同体がばらばらに世界に併存する方がいいと思うコミュニタリアンが、世界にどれだけ共通の価値が必要かをめぐって論争を繰り広げてきた。しかし、本書はこの二大陣営には共通点があると喝破する。

 彼らは、人には私事を超えた義務があると考え、人間はこうあるべきという「べき論」を展開するエリート的世界観を持っている。しかし、現代世界において、リアルな主人公は「大衆」であり、彼らの当たり前の「欲望」ではないか。しかし、そこには目が向けられていないと。

 東さんは、政治や世界を論じる人間が、大衆社会に住んでいながら、少数者しかたどり着けない人間像を前提に議論を組み立てることに、異議を表明する。資本主義やグローバルなものが満たしてくれる「欲望」を否定する知識人に、世界や人間性を正確に叙述することや変化を巻き起こすことなど可能なのだろうか。意味のない労働に従事するとされる労働者は、同時に消費者でもあって、二重性を持つのではないか。

 人間を進歩させようという知識人の試みは、結局大衆を政治から遠ざけてしまう。あるいは、方法論もなしに大衆革命の幻想に飛びついてしまうことすらある。東さんは、そんな狭窄きょうさくな世界観にくるりと背を向け、思索する。そして、普通の人が快楽にいざなわれて出かける旅先で発見する新しい世界や、つながりがもたらす世界への影響を、ことばや構造につむごうとする。

 この本は、理想化されていない「人間」を政治思想の世界に取り戻す。それでいて、最終的に示される、偶然のあわれみによって人々がつながっていく世界は、とてつもなく美しい。

 名著とは、普遍的真実を語りながらも、激しい同時代性をまとっていることだと思う。本書は、それを満たしている、稀有けうな本であった。

あずま・ひろき=1971年生まれ。批評家、作家。著書に『存在論的、郵便的』『動物化するポストモダン』など。

ゲンロン 2300円






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