「世界の玉宮」へ活況 目指すは観光地化 – 岐阜新聞

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写真:「世界の玉宮」へ活況 目指すは観光地化
週末の夜、酔客でごった返す玉宮地区。カメラを向けると、陽気なグループがポーズを取った=7月7日、岐阜市玉宮町

 岐阜市のJR岐阜駅と名鉄岐阜駅に近い玉宮地区。午後5時をすぎると、昼間は静かだったまちの表情が一変する。吸い込まれるように店ののれんをくぐる若者や会社員。あちこちからこだまする「いらっしゃいませ」という威勢のいい声。その様子を見て、玉宮まちづくり協議会の高森正明会長(68)はうなずいた。「ここはドル箱のようなまちですよ」

 玉宮地区は、急速な発展を遂げたまちだ。今でこそ中心を貫く通りは「玉宮通り」と認知されているが、20年ほど前は市の総合計画でも「ファッションストリート」と呼ばれた衣料品店が並ぶまちだった。繊維産業の衰退とともにシャッターが下りた店舗が増えていき、そこへの落書きが地域問題となった時期もあったほどだ。

 「いつを境に発展したと区切れないのが玉宮の特徴。まさに内圧的な発展を遂げた」と高森会長。「大手外食チェーンの進出が起爆剤となったり、行政による大がかりなてこ入れがあったりしたわけではない。地元が力を合わせて努力した結果」と胸を張る。

 下地はあった。まちづくり協議会は1990年に発足。92年には、商店主らがまちの景観を守りながら新築や増築などを進めるとする自主協定「まちづくり協定」を市内で初締結した。

 道路と建物の間に1・5メートルの空き地を設けるなどと定めた協定に基づき、景観は徐々に整った。高森会長は「当時の協議会役員らの努力を基礎に、成長の内圧が爆発した」と強調。次第に飲食店が増えていき、行列ができ、また飲食店が増えていくという繰り返しを遂げ、今では一帯に約300店舗が集積するまでになった。

 次のステップとして見据えるのが、観光地化。昭和レトロな風情で地産地消を重視する店が多いことから、まちを回遊しながら人との交流を楽しむ「都市観光」の拠点化に向けた取り組みが始動。飲食店や周辺のホテルが連携して「世界のタマミヤプロジェクト」と銘打った組織を立ち上げ、岐阜の食文化の発信や、外国へのPRなどに取り組む準備を進めている。

 「玉宮ほど発展に向けたうねりや、今後の可能性に満ちたまちはないだろう」と高森会長。プロジェクトでも中心的役割を担う予定だ。「一人一人の熱意を、まちのさらなる内圧にできるようリードしていきたい」






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