シリコンバレーで広まる「ウェルビーイング」思想を僕が鎌倉で実践する理由 – BUSINESS INSIDER JAPAN

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僕は3年半前に鎌倉に移住した。

鎌倉のトレイルランと松島さん

北鎌倉の建長寺から地獄谷と呼ばれるトレイルへ。鎌倉は有名無名のトレイルが縦横に駆け巡る。

鎌倉駅から徒歩圏の、鬱蒼と茂った木々と、鯉や鴨が泳ぐ川に囲まれた庭付きのささやかな一軒家に、夫婦で「試しに」と引っ越してきたのだ。

東京出身で、「狭くても職住近接」派だった僕にとっては初めての「県民」。イギリス人の妻にとっては、まさかトーキョー以外の土地に住むことになろうとは思っていなかったはずだ。「ダメだったらすぐに東京に戻ろう」と言って貸家にしたのに、いまや鎌倉を離れるという選択肢を考えることすらなくなった。

食材も人材も「地産地消」

鎌倉の松島さん宅

せっかく東京から移住するなら庭が欲しくて、鶴岡八幡宮からほど近い、レトロな一軒家を借りている。休日の庭仕事が至極の時間。

鎌倉の魅力といえば、ご存知のように海と山に囲まれたその自然環境だ(ヒトもモノも情報も動くけれど、地形だけは動かない、というのが持論です)。

旧鎌倉地区にある我が家からも、5分で山のトレイルに入れるし、海まで自転車で10分もかからない。晴れた朝にはトレイルを走り、地元のビーチに波が出ればサーフィンをしてオフィスに向かう、鎌倉はそんな生活が当たり前にある土地だ。

加えてあらゆる意味で地産地消を実現しやすい。レンバイと呼ばれる野菜直売所や、近くの漁港に行けば、その時期の一番旬な食材を買うことができる(旬ではない食材を買ってしまうことがない)。40年間、都内スーパーの「調教された」野菜で育った身には、やんちゃな地元野菜はちょっとした驚きだった。

松島さん宅の猫

半野良のネコが自由に家と庭を行き来する。たまにリスや鳥やモグラやヘビを捕まえて家に持ち込むのが悩み。

さまざまな面白い人材を「地産地消」できるのも鎌倉の魅力だ。コンパクトで東京から1時間という絶妙な距離感もあって、地元で面白いビジネスやクリエーティブやライフスタイルを展開する人々と、東京と鎌倉を日々行き来することでそれらをかき回す人々とが、うまく溶け合って活発なローカル文化を生み出している。

一般にイメージされる「観光都市・鎌倉」とは全く違ったレイヤーが、ローカルには根付いているのだ。

心配していた都内への通勤も、自分への投資と割り切って毎日グリーン車を利用することで、朝晩の2時間、集中できる時間を確保できるようになった。だから朝は7時台からパソコンを開いて仕事を始められるし、何よりも、仕事柄ゲラや原書など山ほどの文章を読むので、通勤時間をスマホで浪費せずにじっくりと読む時間を確保できるようになったのはありがたい。

「BORN TO RUN」な生活

「移住」の大きなきっかけの一つが、トレイルランだ。世界的ベストセラー『BORN TO RUN』の日本語版の編集を手がけたことは、僕の価値観を大きく変えた。一生縁がないと思っていたフルマラソンを完走したのもさることながら、自然の中で土の地面を踏みしめながら走るトレイルランの楽しみを一度知ると、もう街中の舗装路を走ることに、ほとんど楽しみを見いだせなくなった。

松島さん宅

これまでメキシコやアメリカなど国内外のトレイルレースに参加、最長は信越五岳の110km。今でも旅先の海外でレースに出るのは好き。

人やタイムと競争する「レース」への興味も失っていった。それよりも、人間に太古から備わった「走る」というアクティビティに没頭すること自体が、体も心も解放し、脳を育て、内なる「野生」を蘇らせてくれる実感に、ますます魅了されていった。

『BORN TO RUN』のメッセージはこうだ。走ることは人と競うためにあるわけじゃないし、脇腹の贅肉を落とすためでもないし、金儲けのためのものでもない。それはもっと生活の中で、ライフスタイルとしてあっていいはずだ。トレイルランとはそもそも、既存の制度化、産業化されたランニングへの、カウンターカルチャーとしてあるものだった。

こうして、寝起きのT シャツ短パンのまま、サンダルを履いて裏山のトレイルを気ままに走る生活が始まった。鎌倉・逗子・葉山にはローカルなランナーコミュニティーがあって、多彩な仲間と週末にはロングセッションをしたり、そのまま大好きな地元のヨロッコビールを飲みに行ったり、トレイル整備やトレイル上のマナー向上の啓蒙活動なんかもやったりする。

都心を何万人ものランナーが駆け抜ける祝祭としてのマラソンの対極に、日常としてのトレイルランという価値観が、この鎌倉にあるのだ。

適正なテクノロジーと人間の幸せ

松島さんとマインドフルネス

トレイルを走ることは、五感で自然を感じ、トレイルと対峙する自分の体にもマインドフルであること。鎌倉トレイル協議会主催で季節毎に開催するRun Mindful Reatreat@鎌倉のナビゲーターも務めている。

近年アメリカ西海岸からは、「マインドフルネス」や「ウェルビーイング」(well-being)といったキーワードが聞こえてくる。

シリコンバレーがテック・スタートアップの集積地である一方で、かの地はそもそもアリス・ウォータース(世界にスローフードを知らせたレストランのオーナーシェフ)のようにFarm to Tableに代表される地産地消の文化があり、ジョン・ミューア(アメリカのナチュラリストの草分け)がトレイルをつないだように自然への意識が高く、パタゴニアのイヴォン・シュイナードが社員をサーフィンに行かせるように野外アクティビティを謳歌し、Googleがマインドフルネスに基づいた社員厚生プログラム「Search Inside Yourself」を始めるように東洋思想に基づいた調和と高い精神性を重んじる伝統がある。

つまりは、ライフスタイルに根ざしたウェルビーイングの価値観が、テクノロジーと共存する面白い土地だ。

松島さん

日常のトレイルはサンダルで走るのが一番機能的かつ自由だ。『BORN TO RUN』に登場するメキシコの“走る民族”タラウマラ族がはく“ワラーチ”に着想を得たもの。

『フリー』や『シェア』など「デジタルテクノロジーが社会をどう変えていくか」といった一連の翻訳書を手掛ける中で、僕はその根底に流れる思想が、1960年代にヒッピーのバイブルとも言われた「ホール・アース・カタログ」から変わっていないことに気付かされた。同誌の主題は、高度工業化社会における人間性の回復と自然回帰であり、そのツールとして「適正なテクノロジー」(つまり大きすぎず、人間を疎外せず、人間を支えるツール)があり、それが例えば、パーソナルコンピューターの誕生へと思想的にはつながっていた(そのことを僕は、1990年代半ばに卒業論文に書いている)。

だから、テック企業はただプロダクトを売るのでなく、それが人類にどう資するのか、人々のウェルビーイングにどう繋がるのか、地球や環境に配慮し持続可能な社会をどうやって築いていけるのか、と自らに問うエートスを連面と受け継いでいる。世界的なプラットフォームを目指すなら、人間の幸せをちゃんと考えろ、というわけだ。

究極的にテクノロジーが目指すものが、実はとっても人間的なウェルビーイングの実現であるという逆説に改めて気付かされたことも、僕の鎌倉移住を後押しした。

現代版「森の生活」

鎌倉の松島さん宅

「あなたにとってのウォールデンは、あなたの生活にすでにある」

もちろん、こうしたアメリカ的な自然回帰と自主独立のシンプルライフの思想的な源流は『ウォールデン 森の生活』のソローにあって、彼はウォールデン池畔で世捨て人のように孤独な自給自足の生活を送っていたと一般には思われているけれど、実は彼の小屋はコンコードの町から2キロも離れていないところにあって、よく町で友人たちと食事をしたり、洗濯物を引きずって実家に持ち帰り母親に洗ってもらったりしていたことはあまり知られていない。

そのことを嘲笑するのは簡単だけれど、ポイントはもちろんそこではなくて、つまりは大自然の中や山奥でなくても、この2017年の鎌倉のような場所であっても、ソローの志を受け継いで、片方に適切なテクノロジーを、もう片方に人間性や野生を見据えながら、現代版のウェルビーイングを考えていけるということが大切なのだと僕は思う。

あなたにとってのウォールデンは、あなたの生活にすでにある。

もちろん、僕が庭の畑で野菜を作るのはオママゴトでしかないし、巷に溢れる「シンプルライフ」は、結局は現代文明のいいとこ取りをしたアウトソーシングでしかない。

それでも、産業革命の時代にソローやエマソンの超絶主義が起こり、高度資本主義社会が完成を見た1960年代にカウンターカルチャーが起こったように、AIやIoTによる第三次(とか第四次)産業革命や2045年のシンギュラリティがまことしやかに語られる現代において「ウェルビーイング」が叫ばれることは、種としての人間として、とても健全なことだと僕は思う。

鎌倉から発信していく

前回の来日時に拙宅に寄って鎌倉トレイルを堪能していったWIRED創刊編集長のケヴィン・ケリーが世界中を旅するハイカーでもあるように、AIやシンギュラリティが叫ばれる時代だからこそ、適正なテクノロジーとフィジカルを両軸としたウェルビーイングという価値観を実践していくことは大切だし、それを個人の満足で終わらせず、外に向けて発信していくことも、この鎌倉という場が担えるはずだと思っている。

僕が季節ごとに鎌倉トレイル協議会と一緒に「ラン・マインドフル・リトリート」を開催するのもそんな想いからで、ランとメディテーションとトライブ(仲間)と自然を同じ文脈で提示することによって、新しい価値観が浮かび上がってきたらと期待しているからだ。

来月9月2、3日の両日には、鎌倉五山第一位の禅寺、建長寺を舞台にZen2.0という初のマインドフルネス国際カンファレンスが開催される。

建長寺と松島さん

今回のRun Mindful Retreat@鎌倉は9月に開催される「Zen2.0」とのコラボレーション。会場となる建長寺を参拝するランナー達。

その立ち上げに加わったのも同じ想いからで、日本で800年の歴史を重ねる禅の文化と、それが西洋に渡って科学的でライフスタイルとしてのマインドフルネスとして帰ってきたものを、この鎌倉の地で再接続することで、日本の風土に根ざした、現代のウェルビーイングが見えたらと思っている。

AIの時代に「人間らしさ」を考えるのは一種の思考停止だとか、ベストセラー『サピエンス全史』の次作となる『Homo Deus』で描かれたように、「ヒューマニズム」の追求こそが逆説的にアルゴリズムによる人類の支配を生むといった議論もあって、僕もものすごくインスパイアされるのだけれど、そんな頭でっかちな議論はひとまずさておいて、まずはトレイルを一歩踏みしめ、大きく深呼吸してみるのはどうだろう?

(撮影:今村拓馬)


松島 倫明(まつしま・みちあき):編集者、NHK出版 放送・学芸図書編集部編集長。手がけた主な著書に、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』『ZERO to ONE』『限界費用ゼロ社会』『〈インターネット〉の次に来るもの』など。






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