戦死の洋画家 無念知って – 読売新聞

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 ◇内子で上岡美平展

 ◇没後80年 手紙や写真、アトリエ公開

 27歳の若さで戦火に散った内子町出身の洋画家・上岡美平みへい(本名・巳平、1910~37年)の没後80年を記念した展示会が、同町五十崎いかざきに残る美平のアトリエなどで開かれている。企画した関係者らは「美平が打ち込んだ作品を通じて、若くして戦死した無念さを知ってほしい」と話している。(梶原善久)

 美平は1910年、内子町の呉服商の家に生まれた。旧制大洲中学時代に描いた作品が教師に褒められたことから絵画制作を開始。早稲田大進学後は、美術団体「春陽会」で創作活動に励んだ。卒業後は帰郷し、教員の傍ら、自宅の2階に構えたアトリエで郷里の人物や風景などを意欲的に描き、春陽会の公募展でも入選した。しかし、37年、日中戦争に出征し、上海近郊で戦死。戦地でも十数枚のスケッチを残していたという。

 美平が手掛けた作品は300点にも上り、実弟の大衛だいえさん(故人)が大切に保管。アトリエも当時のまま管理されていた。大衛さんは、知人の同町の版画家・山田清昭さん(58)に、「兄のアトリエが住民の交流の場になればうれしい」などと語っていたという。

 美平没後80年を迎えた今年、山田さんや地元自治会などでつくる実行委員会が、記念の展示会を企画。美平をより身近に感じてもらおうとアトリエを初公開することにした。アトリエは約30平方メートルの洋室。白壁で、日中、直射日光が当たらないよう北側に窓が取られ、板張りの床には所々に絵の具の跡も残る。この空間を生かした会場には、人物画など秘蔵の作品や絵筆、画材など約20点が並ぶ。

 大衛さんから町に寄贈された遺品を所蔵する五十崎たこ博物館でも、デッサンをはじめとする作品のほか、婚約者からの手紙や写真など計40点を展示している。

 山田さんは「夢や愛する人から引き裂かれた若き芸術家の人生に胸を打たれた。作品や生きざまをより身近に感じてほしい」と話す。

 12月3日まで。両会場とも月曜休館。アトリエ(午前10時~午後4時)は無料。凧博物館(午前9時~午後4時半)は高校生以上300円、小中学生150円。

 問い合わせは、実行委事務局の町町並・地域振興課(0893・44・2118)。






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