麦の穂をたよりにつかむ別れかな 芭蕉句碑管理、高齢化に悩む – 東京新聞

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句碑(右奥)の前の花壇を手入れする保存会のメンバー=川崎区で

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 江戸時代の俳人松尾芭蕉が江戸を離れ、故郷伊賀へ向かう際、見送りの門人たちとの別れを惜しんで詠んだ「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」の句碑が川崎市川崎区日進町にあり、町内会の保存会が維持管理してきたが、メンバーが高齢化し、存続に不安を抱えている。 (小形佳奈)

 句碑は、旧東海道沿いに立っている。市によると、高さ八十三センチ、幅四十九センチ、厚さ十センチ。裏面には「文政十三年庚寅八月建之」と刻まれており、一八三〇年に建立されたと分かる。芭蕉がこの句を詠んだ時、辺りは麦畑だったとされる。

 保存会の石川玲子さん(80)は四年前に代表を引き継いだ。昭和三十八(一九六三)年に広島から川崎に嫁いだ石川さんによると、句碑は東京五輪(六四年)を前に、旧東海道の街並みを見直す際に保存の機運が高まり、町内会有志が管理を担うことになった。句碑の周りの花壇に季節の花や草木のほか、麦も植えている。花壇の清掃や植え替え、麦の種まき、麦踏み、収穫などを行ってきた。

 一昨年、区は地域おこしを狙いに投句箱を設置。先月の「川崎・鶴見 旧東海道ウォーク」では県内を中心に約三百句が寄せられた。区内の俳句愛好家が選んだ優秀作品九句が、句碑近くの町内会館前に掲示されている。花壇の手入れついでに投句箱をチェックするのも保存会の役目だ。

 保存会のメンバーは七十代後半から九十代の十五人。高齢で外出できない人もいる。石川さん自身も座骨神経痛が悪化し、つえをついて歩くのがやっと。「若い人に譲りたいと町内会でも提案していますが、なかなか…」

 保存会の代表を四十年以上務め、二〇一三年に九十九歳で亡くなった石川さんの義母は生前、「句碑は日進町の宝」とくり返していた。その思いを受け継ぎ、句碑をどう守っていくか、思い悩む日々という。

 区の担当者は「若い担い手不足はどの町会も共通の悩み」としながら、投句箱のほか、俳句教室開催を検討するなど、「俳句に興味のある若い人を引き込めたら」と期待する。

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