観光公害問題発生の可能性/「インバウンド」の怪しさ – 山陰中央新報

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京都大学公共政策大学院名誉フェロー 佐伯 英隆

 外国人観光客の増加がすさまじい。京大前の百万遍から京都駅行きのバスは四条で満員となり、清水坂、五条と下れば、どのバス停も積み残し続出。乗客の半数以上は外国人だ。

 大阪の昔の実家近辺から道頓堀付近で聞こえるのは半分が中・韓の言語、マンションのエレベーターに乗れば、正面に貼られた4カ国語での「民泊禁止」の張り紙にもかかわらず、3回に2回は外国人観光客が同乗する。ゴミ出しのルールは頻繁に無視され、深夜オートロックで閉め出されては大声で助けを求める。観光振興も結構だが、さすがにこれは何とかならないのかと感じ始める住民も確実に増えてきている。

 昨年、京都への観光客は内外合わせて5500万人。外国人は12%の660万人だが、日本人客の4分の3が日帰りなのに対し、外国人はその半分が宿泊するので、宿泊客のうち22%が外国人である。京都市の人口が150万人弱なので、年間に人口の5倍弱の外国人が訪れ、2・2倍が宿泊し、その比率は年々急速に高まっている。ちなみに東京に来た外国人は1300万人で、京都の倍だが、人口比では1・3倍なので、人口の5倍弱という京都の外人混雑率の激しさが数字から見て取れる。

 それでもまだベニスやバルセロナといった都市に比べれば生ぬるい。これらの都市では、年間に人口の20~30倍の外国人客が押し寄せる。ついにこれらの都市での住民による「観光客、もう来るな」運動が報道されるまでになった。

 わが国では京都ですらそこまでは行ってないので、地方都市ではいまだ深刻な状態ではないが今後、政府のもくろみ通り現在の3倍、年間6000万人の外国人客が来るとなれば、地方都市は耐えられるのか。

 政財界はそろって「インバウンド」推進で、本件に関してはメディアも好意的な報道が目立つ。増加の数字だけを追えば、一見「観光立国」というスローガンも現実味を帯びているように見えるが、最新の統計でもGDPへの寄与率は2~3%であり、雇用の面でも観光産業の寄与率は2~3%、波及効果込みの間接寄与率でも6%内外だ。

 日本人は国富の9割以上を他の産業で生み出し、ほとんどの日本人は観光と無関係な世界で日々生活しているのである。京都は「観光都市」だから例外だろうと考えがちだが、昨年京都市の観光収入が1兆円を突破したとニュースになった半面、京都のGDPが6兆円強なので、GDP比は16%。京都ですら富の大部分は観光以外の産業で稼ぎ出している。

 にもかかわらず、観光客増加による何らの利得を得ない大多数の「原住民」が、利得を得ている産業の為に日々なにがしかの不便・忍耐を甘受しているのが現実だ。

 例えば、JRは「京都へ行こう」などと年中キャンペーンをしているが、観光客増加によるJRの儲(もう)けは、個々の京都市民の大多数が受容する若干の不便と忍耐の上に築かれている。とりわけ外国人の場合、日本人なら当然とする微妙な社会的ルールやしきたりに無知か、あるいは無視するケースが相対的に増加するので深刻さも増す。

 観光振興自体は必要な施策だし、外国人観光客の増加は、国として基本的に歓迎すべきことではある。問題は、それにより利得を得る少数者と、何ら利得を得ないまま若干の不利益の甘受を日々強いられる多数者とのギャップが日に日に拡大しているのに、拡大の議論ばかりが先行し、利得と負担の公平化に関して何ら手が打たれていないことだ。さらに言えば、そのような問題提起に対する「余計な事を言うな」との「臭い物に蓋(ふた)」的な空気ではないだろうか。

 「国際化は素晴らしい事だからおまえたちも喜べ」とのナイーブな議論で済む段階は超えつつある。単純に外国人観光客と言えば事足りるのを、「内側に向けた」という意味しか持たない「インバウンド」などと中途半端な和製英語で飾り立てる風潮は軽佻(けいちょう)浮薄で、まことに怪しげである。

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 さえき・ひでたか 大阪府出身。東京大法学部、ハーバード大学J・Fケネディ行政大学院卒。1974年、通産省(現経産省)に入省。在ジュネーブ日本政府代表部参事官、島根県警本部長、通商政策局審議官などを経て2004年に退官。15年3月まで京都大公共政策大学院特別教授。イリス経済研究所代表などを務める。






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