逆境と屈辱をバネに大躍進 ~ 観光列車王国!JR九州 代表取締役社長・唐池恒二 – ZUU online

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この春オススメの旅は~観光列車で九州めぐり

薩摩半島の温泉地、鹿児島県指宿市。砂蒸し風呂で知られる指宿の駅前には、竜宮城のようなオブジェが立つ。ここには浦島太郎伝説が残っているのだ。

駅のホームに回ってみると、ある一団が小さな旗を持って列車を待っていた。やがて現れたのは白と黒のツートンカラーの列車。浦島太郎伝説にちなんで作られた列車だという。その名も「指宿のたまて箱」。列車のカラーは、玉手箱を開けて浦島太郎の黒い髪が真っ白になったことを表現している。到着すると車両から煙のようなモノが。正体はミスト。玉手箱になりきっている。

列車の中は木をふんだんに使ったちょっとレトロな雰囲気。景色を楽しむ窓向きのカウンター席も付いている。

ホームで旗を振りながら客を見送っていたのは地元の市民。これが恒例になっていると言う。町の中でも列車に手を振ってくれる人がいる。指宿市役所の人たちが昼休みに出てきてくれるのだ。

「指宿のたまて箱」はJR九州が2011年に運行を開始。鹿児島中央駅と指宿駅を1日3往復している(片道2140円)。自慢は車窓の絶景。車窓いっぱいにキラキラした錦江湾が広がる。

一方、福岡・博多駅には、カメラ女子が待ちかまえる中、緑色の列車が入ってきた。こちらも人気車両の「ゆふいんの森」。博多駅と大分の温泉地、由布院駅を1日2往復している(片道6760円)。登場したのは1989年。観光列車の先駆けとなった。

こちらの車両の中は、座席のシートから天井まで緑の木々でいっぱい。名前通り、森の中にいるみたいだ。列車には客室乗務員がいて、子供に同じ制服を着せてあげ、写真を撮ってあげるサービスも。気持ちよく旅ができるように尽くしてくれる。

4時間足らずで由布院に到着すると、目の前にはシンボル・由布岳が。かつてはひなびた湯治場に過ぎなかった由布院が大勢の観光客で賑わうようになったのにも、観光列車が一役買っていた。由布院と共に生きてきた、創業大正10年の老舗の高級宿、「亀の井別荘」の元社長、中谷健太郎さんは、「なんでこんなにお客がいないのかという話しを、父たちはずっとしていました。ゆふいんの森が通った後は町の中をお客が散策している。ずっとその勢いが続いています」と語る。

列車で町を元気にする。こんなコンセプトで、JR九州は特別なデザインと地域に根ざしたストーリーを持つ列車を「D&S列車」と名付け、各地で運行させてきた。「或る列車」「A列車で行こう」「SL人吉」……その数、全部で12本。鉄道ファンに限らず、お客を呼び込んでいる。そう、九州は観光列車王国なのだ。

JR九州が誇る超豪華列車~競争率20倍の「ななつ星」

その中でも極め付けの列車が、九州をグルリと回る日本初の周遊型寝台列車、「ななつ星in九州」。7両編成で、乗客の定員はたったの30人(14組)。半年ごとの予約受付では競争率が20倍前後になる、乗りたくてもなかなか乗れない列車だ。

車内は匠の技がぎっしりと詰まり、まるで美術館のよう。車両の最後尾は大きな窓がついたラウンジカーになっている。動き出すと、ホームの見物客が手を振って送ってくれる。

九州7県の輝く魅力を味わえるから「ななつ星」。料金は標準的な部屋(スイートルーム)で1泊2日31万5000円から。もっとも人気なのはデラックス・スイートで1泊2日39万5000円から。大きな窓ガラスの景色を独り占めできる。

それぞれの客室には広々としたトイレや洗面台が付いている。洗面鉢は有田焼で、人間国宝の第14代酒井田柿右衛門が作ったもの。ヒノキのシャワールームも全客室に付く。

「ななつ星」の外装、内装、小物に至るまで、全てのデザインを手がけたのが、日本を代表するデザイナー、水戸岡鋭治。水戸岡は「ななつ星」を始め、JR九州の全てのD&S列車を手がけている。「ななつ星」に使うネジを星型に切り込んだのも水戸岡のアイデアだ。

「デザインとしては、内装が出来上がって釘が見えるのは二流なんです。何もなくて仕上がっているのがかっこいい。でもそれではすごくコストがかかり、修理も大変。なので、かっこいいビスを特注で作ろうと、『ななつ星』だから星のビスに」(水戸岡)

ネジだけでなく、ランプが照らす明かりやバターなど、憎いところに星型があしらわれている。

食事は毎食、九州を代表する店の料理が、入れ替わり立ち替わりで振舞われる。この日の昼食、和風懐石には、九州7県の名産品が盛り込まれている。ランチでも1時間以上かけて楽しむ優雅なコース料理だ。

スタッフのサービスも評判。外国の女性客が写真を撮っていると、スタッフが「乗務員の帽子をかぶりませんか」と、気さくに声をかけていた。マニュアルではない、客に寄り添うサービスだ。

「ななつ星」は今や地域の人たちにとっても宝物のような存在に。その姿を見かければ、手を振ってくれる沿線の人が絶えない。

JR九州会長、唐池恒二は、「ななつ星」を始めとするデザイン&ストーリー列車の狙いを「今まで鉄道というのはA地点からB地点に行くための移動手段でしたが、乗ることが楽しい、乗ることが目的になる。観光資源そのものになっていくんです」と語る。

実際、「ななつ星」が話題を呼ぶと、その相乗効果から他の観光列車の乗車率も上がり、九州への観光客増加にも貢献している。

倒産危機からの大反撃~逆境と屈辱との闘い

7年連続で増収を続けているJR九州。しかしその内訳を見てみると、6割以上は鉄道以外の事業で稼いだものだ。これは本州のJR3社と比べても圧倒的に多い割合。ここにJR九州、躍進の秘密がある。唐池は「鉄道事業もきちっとするが、鉄道以外の事業を伸ばさないと、この会社の将来はない」と言う。

JR九州は、船舶、外食、ホテルといった非鉄道事業など、様々な異業種にも参入。ドラッグストアチェーンも買収し、九州を中心に210店舗にまで拡大させた。今やJR九州は38のグループ会社を抱える巨大組織に。業績は右肩上がりで、今年度の売り上げ4000億円を超える見込みだ。

そんなJR九州の歴史は「逆境と屈辱」との闘いだった。

前身である日本国有鉄道、「国鉄」が産声をあげたのは戦後間もない1949年。その後、国鉄は高度経済成長と共に線路は日本中に伸び、国の運輸・物流を支える巨大組織となっていく。しかし、1970年代に入ると労使の争いが絶えなくなり、ストライキが頻発。当然、客も背を向け、経営は火の車になっていた。

京都大学で柔道に打ち込んだ唐池は1977年、そんな末期的な国鉄に入社した。

「仕事はしない、サービスは悪い。絶望的な組織でしたよね」(唐池)

唐池が入って10年後、国鉄の債務は37兆円に達し、事実上の破綻。政府は民営化と言う大鉈を振るい、組織の再建に乗り出す。国鉄は六つの地域と貨物の、JR7社に分割された。唐池はJR九州に配属。当時、本州3社以外の北海道、四国、九州のJRは「三島JR」と呼ばれた。

「北海道、四国、九州を島なんて言われるのは屈辱ですよ。何かあると三島は貧乏だ、赤字だ、上場の見込みもないと言われていました」(唐池)

JR九州は国鉄時代の赤字を背負っての前途多難なスタートだった。そこで考えられたのがデザイン&ストーリー列車の開発。唐池のアイデアだった。

ところがその第1号、「ゆふいんの森」がようやく開業にこぎつけたその日、唐池にまさかの辞令が。異動先は非鉄道事業。JR九州は鉄道事業だけでは赤字からの脱却は難しく、事業の多角化に活路を見出そうとしたのだ。

海外航路、外食、ホテル……鉄道以外で大ヒット連発

唐池の異動先は新設されたばかりの船舶事業部。博多から韓国に高速船を走らせるプロジェクトの一員となった。唐池の役割は韓国側の航路の開拓。しかし、これが時代背景もあり、手強い仕事となる。

「その頃よくソウルや釜山に行きましたが、日本語の看板はまだ街中に出せなかった。日本語の歌も歌えない。そういう時代でした。韓国をひとりで歩いていたら胸ぐらをつかまれたこともあります」(唐池)

反日教育が行われ、対立感情が渦巻く韓国に、唐池は年間40回以上も渡り、粘り強く交渉を続けた。そして1991年、博多と韓国を3時間で結ぶJR初の海外航路を開いたのだ。その「ビートル」は海面から浮き上がった状態で進むので、波の影響を受けにくく、乗り心地も快適。日本人のみならず、大勢の韓国人観光客を呼び寄せることにつながった。

ちなみに就航から27年、現在は新型ビートルの導入が検討されている。この船もデザインは水戸岡だ。新たな高速船は今の船より一回り大きく、免税店や展望デッキも作る予定。そして目玉は、目にも鮮やかな真っ赤な船体だという。

唐池の奮闘もあって、船舶事業は軌道に乗っている。1993年、唐池が40歳の時、外食事業部へ異動し、リーダーとして立直しを託された。そこは売り上げ25億円に対して毎年8億円もの赤字を出す、「JR九州のお荷物」と言われた部署だった。

赤字の大きな原因は人件費。従業員の9割はJR九州の社員だった。唐池はまず店長以外の社員を他の部署に配属。代わりにパートやアルバイトを雇い、人件費を減らした。

さらに店長会議を頻繁に開き、コスト意識の徹底とサービスの向上を図った。しかし、まだ解決しなければいけない問題があった。「一番基本的な部分は、従業員にやる気や貪欲さがなかったこと」(唐池)だった。

そこで唐池が外食事業部に持ち込んだのは、従業員同士の「競争心」。当時の唐池の部下で、間近でそのやり方を見ていた手嶋繁輝さんは、「一生懸命やる人の給料を上げようと。頑張った人には毎月MVPとして表彰してくれた。社員はトップから仕事ぶりを見てもらえるのが嬉しいんです」と、振り返る。

唐池の思惑通り従業員はやる気になり、客足も徐々に伸びて、年間8億円の赤字が、3年で1000万円の黒字に変わった。黒字化と言う大きな目標を達成した後も、唐池はすぐに次の目標を作り、従業員のモチベーションを高める。東京進出だ。選んだのは赤坂の一等地。ここに九州料理の店「赤坂うまや」を構えた。

これが連日大盛況。お客を引き寄せているのは、佐賀県のブランド鶏など、九州産の食材を使った東京ではなかなか味わえない郷土料理だ。

東京進出の際、「真っ先に『僕が行きます』と手を挙げた」(唐池)のが、店長を務めたJR九州フードサービスの丸山直樹だった。丸山は「東京進出という夢を語っていただいて、夢は自分の力で実現できるんじゃないかと感じた瞬間だった」と、当時の心境を語る。

次々と結果を出し、組織を生まれ変わらせた唐池は2009年、JR九州の社長に就任。その2年後には悲願の九州新幹線が全線開業し、「ななつ星」も大ヒットした。駅ビル事業では「JR博多シティ」をオープン。日本最大級の飲食店街が入るこの施設は、博多の人の流れを変えた。さらにシルバー事業にも参入し、24時間見守り体制のある高齢者向けマンションを開業した。

そして2016年にはついに東証一部に上場。かつて「三島JR」と蔑まれたJR九州は、逆境と屈辱の歴史にピリオドを打ったのだ。

「農業王国」復活に向けて~JR九州の新たな挑戦

JR九州は意外な事業にも参入している。羽田空港にある直営店「うちのたまご」で、客が並んでまで食べているのは親子丼(750円)。人気の秘密はおいしい卵。実はその卵もJR九州が生産している。絶品玉子が産み落とされるのは、福岡県飯塚市の山の中にある「内野宿養鶏場」。事業の多角化に力を入れるJR九州は、農業まで始めていた。

おいしい卵の秘密は上質な井戸水と、大豆やトウモロコシを使った天然の飼料。これで栄養価が高く、濃厚な味わいの卵になる。JR九州ではこの卵を、西日本を中心にした飲食店やスーパー、東京の百貨店などに卸している。

 農業に進出した理由を、唐池は「車窓から見ると、九州が農業王国と言われる割に、田畑が荒れている。耕作放棄地です。日本の観光の目玉は農村風景なんです。その農村風景が傷んでいるんですよ」と語る。
 
後継者不足に泣く農村。そんな地域を少しでも元気にしようと、JR九州は卵だけでなく作物も作り始めた。

宮崎県新富町の「新富農場」になっていたのはピーマン。農場長の後藤敏哉は、JR九州からの出向で、ここに来るまで「38年ほど、車掌をやっていました」と言う。

JR九州は現在、8つの農場を所有。そこで大根やピーマンなど14種類の野菜と卵を作っている。作物はJAに卸しているが、一部は直売も。福岡市の商業施設「六本松マルシェ」のスーパーの一角がJR九州の野菜のコーナーに。そこは、唐池が名付けた「八百屋の九ちゃん」。採れたての地の野菜がリーズナブルな値段で手に入ると人気になっている。

グループ会社、JR九州ファーム社長の田中渉もJR九州からの出向だ。

「当時、私は人事部でしたが、たった1年で『農業へ行け』と唐池から直接言われました。会社で最初のチャレンジをする立場にいけるのは、サラリーマンとして幸せな人生だと思います」(田中)

~編集後記~

九州で生まれ育つと、「都」からの遠い距離を刷り込まれる。九州の企業、個人にとって、その距離は長い間、不利な要因だったが、唐池さん率いるJR九州は逆転させた。「都」への追随を止めた。

「ななつ星」は、車両デザイン、内装からサービスまで超一級であり、しかも九州以外の地を走る姿を想像できない。そして不要な洗練からも自由だ。

もちろん、無骨なのではない。「都」のコピーから脱しているのだ。

JR九州は、長所はもちろん、かつて短所だった部分まで、九州の資源のすべてを活かそうとしている。

<出演者略歴>
唐池恒二(からいけ・こうじ)1953年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業後、日本国有鉄道入社。1987年、国鉄分民営化、JR九州へ。2009年、代表取締役社長就任。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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