―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑦ – サンパウロ新聞

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~もう一つの学生運動~ 日本学生移住連盟 外史

移住史上大きな役割果たした 「移住調査」を連盟員が実施
第二期委員長 堀口 進一㊥

 私の在任中の出来事で忘れられないことは、第1回海外日系人大会が開催され、委員長として特別招待されたときのこと。この大会はその後も今日まで続いているが、この第1回は、大手町の産経会館を会場として3日問の会期で開催された。北中南米諸国から、多数の参加があった。その多くは戦前移住者であり、様々な分野における、いわゆる成功者とみられる人達であった。この会期中に、岸総理大臣が首相官邸に、また安井都知事が清澄公園に参加者を招き、盛大な歓迎パーティーが挙行された。私は、終始ご一行と行動を共にし、初めて直接に移住成功者といわれる方々に接し、彼等から貴重な体験談や移住の成果等を生々しく聞くことができた。

 こうした意味で、この大会は移住に関心を有する者にとっては、現地を知る上でも真に貴重な得難い機会となりうるものであったが、一般人には開放されなかった点は、残念であった。

 
 学移連の事業活動が本格化するのは、第三期葛西委員長のとき以降となるが、私のときは僅かにひとつ、連盟として初めて取組んだ事業があった。それは海協連からの受託調査で、「国内開拓と海外移住」というテーマについて、各加盟校から推薦された調査員10名が一致協力して調査の実施に当たった。さらに引き続き連盟員5名が、海協連が実施した「海外移住の効果」という調査に協力している。(両調査の報告書はJICA横浜内の海外移住資料館に保管されている)

 この調査が実施された経緯や連盟の対応振りなどについては既刊の「我が青春の学移連」(第1号)に記述されており、ここでは省略するが、この調査の裏話とでも言えようか、この人なくしては前記の調査も実現していなかったと思われるので、この点について付記しておきたい。この人とは、若槻泰雄氏である。

 
 氏は1924年生まれ、東京大学法学部卒、農林中金を経て、昭和32年当時は海協連、総務課長の職にあられた。弱冠32才であった。その後、開設間もない、問題山積みのサンファン移住地を管轄するボリビアの支部長を勤め、昭和38年海協連が海外移住事業団に統合されるまでは、本部業務部長として活躍された。しかし、海協連が消滅すると同時に、移住事業から身を引かれ、後、玉川大学の教授になられた。が移住事業から離れた後も、移住政策、移住事業には並々ならぬ関心を持ち続け、多くの著書を残されている。

 当時の学移連は、海協連の会議室を度々借用していたので、自然若槻氏とも親密となっていた。同氏は歯切れのよい弁舌とユニークで創造的な発想、そして常に戦闘的でエネルギッシュな言動は、我々からは頼もしい存在にみえていた(私事乍ら、昭和36~37年。海協連本部で、氏は私の直属上司であられた)。

 
 後の昭和50年に出版された「海外移住政策史論」の中で、氏は、学移連に委託した調査については記述しているが、学移連の協力ということに関しては何らの記述もない。

 この調査について若槻氏の側に立って考えれば中立的立場にある学移連に調査委託することにより、調査内容の中立性が確保されることがメリットであり、この調査の結果を移住事業に対する評価の向上に、より現実的には移住事業予算の増額要求説明資料のひとつとして活用したい狙いがあったと考えられる。他方、学移連としては、何より独自の事業を実施しうる貴重な機会が与えられたということであり、調査の実施を通じて連盟の存在感、一体感を高め、調査結果をもって連盟に対する外部からの評価を得たいという期待があった。その後、この調査結果が、どう活用されたか不明であるが、時代とともに価値は失われてしまったと考えられる。

 
 平成15年頃、突然若槻氏から私に電話があり、氏の蔵書の中に、前記調査報告書を見つけたので読み返したところ、よくまとまったレポートであることを再認識した。ついては、本報告書を、序文を書いている私宛に送付するので、何らか活用を考えてみてはどうかということであった。早速、報告書の現物が届いたが、今さらどう活用しうるのか困ってしまった。 

 偶々、開設したJlCA横浜の海外移住資料館に寄贈保管してもらうが最良と考え、早速寄贈した次第である。

 
 以上あれこれ思いつくままに書き並べてきたが、書き出してみると、すっかり忘れていたと思っていたことが、つい昨日のことのように思い出され、連盟で共に活動した友人、同志の顔も浮かんできて。あれから50有余年が経過したことが嘘のように感じられた。

 (この原稿は、学移連OB会設立準備会が2011年5月に出版した「我が青春の学移連」第二号から転載したものです)。

     ◎

 題字の「日本学生海外移住連盟」の文字は第2代顧問会会長・後藤連一氏(日本大学教授)が揮ごうしたもので、長年学移連事務所に掲げられていた表札。

2018年4月14日付






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